北森鴻「蛍坂」

ビアバー「香菜里屋」シリーズ第3弾。

螢坂 (講談社文庫)
螢坂 (講談社文庫)北森 鴻

講談社 2007-09-14
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おすすめ平均 star
starほろ苦さと円やかさのブレンドが絶妙のミステリ短篇集

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カウンターでゆるり、と時が流れる。≪香菜里屋≫に今日もまた、事件がひとつ。
わだかまっていた謎が、旨いビールと粋な肴で柔らかくほぐされる。
それが当店の「陰謀」なんです。
「螢坂」
すべてを捨てて戦場カメラマンをめざした頃のあの坂道は、どこに消えたのだろうか。
「猫に恩返し」
世田谷線の線路に面して建てられた黒猫ゴン太の顕彰碑。その裏側に、女の顔が浮かぶという噂が……。
「雪待人」
3代続いた画材屋が、いよいよ店を畳むという。待ち続けた1枚の絵は、いつ完成するのだろう。
「双貌」
カウンターの向こうから見つめてくる男の姿が、記憶の底を刺激する。
「孤拳」
若くして逝った「脩兄ィ」の最期の願い幻の焼酎・孤拳を探し求めてドアを開けた、香菜里屋で明かされた衝撃の事実。

上手い。美味い。旨い。どの短編も極上の一品。


鉢の中身は、手鞠麩ほどの丸い揚げ物である。
「これは?」
「小ぶりのきぬかつぎを揚げてみました。横に添えた抹茶塩でどうぞ」
表面の軽快な歯ごたえと、その奥に潜んだきぬかつぎ独特のねっとりした感触が、味蕾ともども歯茎を喜ばせた。


チーズフォンデュはお嫌いですか。十五分ほどお待ちいただければ、ちょっと変り種をご用意できますが」
そんな工藤のひとことに、つい心が動いてしまうのである。そのときはカマンベールチーズを丸ごと白ワインで煮込み、仕上げに醤油をたらして、浅葱を散らした一品が出てきた。軽くローストされたフランスパンにつけて食するのだが、あまりの美味さにお代わりしてしまった。


クラッシュアイスを詰めたカクテルグラスにレーズンバターを三切れほど、盛り付けたものが出された。
「自家製、かい」
「少しだけ、生クリームを利かせてあります」
「へえ、中のレーズンにもラムの良い香りが沁みている」
「三日ほど漬けたものを、バターに錬り込んでみました。お口に合いますか」
「なによりだ、ね」


相変わらず作中の「メニュー」が旨そうだ。こんな店の常連になりたい。